天気の良い日に、ふと立ち寄りたくなる公園があります。
特別な設備があるわけではなく、大きな目的がなくても、自然と足が向く場所。
そこには、そっと心がほどけるような「居心地」があります。
ベンチに座る人。
芝生で寝転ぶ人。
子どもを見守る親の姿。
思い思いの時間が、ゆるやかに重なっていく。
その風景の中に、良い住まいと通じるものを私たちは感じています。

公園は、過剰に説明されていません。
ここに座るべき、こう使うべき、と決められているわけでもありません。
それぞれが、自分の過ごし方を見つけていく場所です。
住まいも同じです。
用途を細かく決めすぎなくても、暮らしの中で自然と使い方が定まっていく余白があると、空間は心地よくなります。
設計の段階で整えすぎるのではなく、暮らしが入り込める余地を残すこと。
それが、長く愛着の持てる住まいにつながります。

公園には、さまざまな居場所があります。
日向のベンチ。
木陰の芝生。
そっとひと息つける静かな場所。
どこにいるかによって、感じる時間は変わります。
住まいもまた、同じです。
リビングだけが中心ではありません。
窓辺の小さなスペース。
階段途中の踊り場。
ダイニング横のカウンター。
家の中に複数の居場所があることで、暮らしはより豊かになります。
居心地の良い家とは、
広さだけで決まるものではなく、居場所のある家だと私たちは考えています。

公園の魅力のひとつは、空や風、光を感じられることです。
外と切り離されていないことが、安心感を生みます。
住まいもまた、光や風、季節の移ろいが静かに入り込む場所です。
窓の位置。
光の入り方。
視線の抜け。
外との関係性を丁寧に設計することで、室内にいながらも、時間や季節の変化を感じることができます。
良い住まいは、光や風が行き交うその間に、やわらかなつながりを持っています。

公園は、何かをするためでなくても、そこにいられる場所です。
ただベンチに座っているだけでも、その時間には意味があります。
住まいもまた、本来そうあっていいと私たちは考えています。
家事をするため。
食事をするため。
眠るため。
そうした機能を超えて、
「なんとなくここにいたい」と思える空間があること。
それが、日々の満足感を静かに支えます。
住まいづくりにおいて大切なのは、性能や広さだけではありません。
そこに流れる時間の質です。

公園は、完成した瞬間がすべてではありません。
人が訪れ、時間が重なり、はじめてその場所の意味が深まっていきます。
住まいも同じです。
間取りや性能が整うことで土台はできます。
そこに暮らしが重なることで、住まいは少しずつ、その家族らしい表情を持ちはじめます。
良い住まいとは、
誰かの理想をなぞることではなく、その家族の時間を受け止められること。
公園の居心地に学びながら、私たちは住まいを考えています。
住まいの具体的な形がまだ見えていなくても構いません。
どんな時間を過ごしたいのか。
どんな居心地を求めているのか。
その問いから、住まいづくりは静かにはじまります。